みなさん、 マレーシアのヒンドゥー教のお祭り「タイプーサム」をご存知でしょうか?世界には様々なお祭りがあり、それぞれのお祭りはその土地の宗教や伝統、風土と色濃く関係しています。日本にもだんじり祭り、三社祭など各地に多くのお祭りがありますね。
今回紹介する「タイプーサム」は、その苦行っぷりから「奇祭」と呼ばれることもしばしば。なぜ彼らは自らに苦行を課すのか、実際にマレーシア・クアラルンプールでこのお祭りに参加した私が感じたことをシェアしたいと思います。
タイプーサム(Thaipusam)概要
タイプーサムとは
タイプーサムは、軍神・ムルガンに関するお祭りです。母・パールバーティーが、邪悪なデーモンとの戦いに勝利するために、息子・ムルガンに槍を授けたという故事をお祝いするものです。
このお祭りはタミル暦のThaiの時期(1月・2月)の満月の日に行われ、実際には毎年1月末〜2月上旬に行われています。2019年のタイプーサムは1月21日です。マレーシアではタイプーサムは国民の祝日とされています。
マレーシアのヒンドゥー教徒だけでなく、シンガポールや近隣諸国、さらにはインド本土からも信者が集まります。現在タイプーサムが行われているのはマレーシアとシンガポールのみで、インド本土では「危険」という理由からお祭りが禁止されています。
苦行
このお祭りでキーワードとして取り上げられるのが「苦行」。ヒンドゥー教の本土・インドでも禁止されているほど危険な苦行とは何なのでしょうか。
信者は約1ヶ月前から菜食をし、アルコールを摂取しないなどの禁欲に励み、精神を整えます。そして当日は、苦行のクライマックス。
「カバディ」と呼ばれる装飾された木の祭壇(20〜30kgにもなる)を肩に乗せたり、鉄串や槍を頬や舌に刺したりするほか、ミルクを入れた真鍮のポットを頭に乗せて、クアラルンプール中心部にある寺院から、ムルガン神の聖地・バトゥケーヴスまで前日から行進し、バトゥケーヴスにある272段もの階段を登り抜き、頂上まで行くのです。
想像しただけで目を覆いたくなる光景ですよね。この苦行を支えるため、信者の家族や友人はともに行進し、信者本人の精神的・物理的サポートをします。
聖地バトゥケーヴス(Batu Caves)
さて、彼らが目指すバトゥケーヴスについてご説明しましょう。
バトゥケーヴスは、クアラルンプール中心部から北へ約10kmの場所にあります。上述した軍神・ムルガンが祀られており、ヒンドゥー教徒の聖地と言われています。
階段手前では全長42.7mの巨大なムルガン神が信者を迎えます。この場所は名前の通り洞窟になっており、階段を登りきると鍾乳洞が現れます。
この鍾乳洞には多くの猿が生息していて、残念ながら、人間が持ち込んだ飲み物やお菓子を食べている姿も。
2018年には階段を始め、ケーブス内の建物がカラフルに塗り替えられました。これには賛否両論あるのですが、「インスタ映え」するとさらに多くの観光客を呼んでいます。
バトゥケーヴス(Batu Caves)への行き方
電車
クアラルンプールの東京駅ともいうべきKL Sentral駅からKTM KomuterのBatu Caves行きで45分ほどです。普段は1時間に1本ほどの本数しか運行していません。
タイプーサム当日は、24時間運行で本数も増やされることがほとんどですが、念のため運行情報をインターネットなどで調べてから向かうことをおすすめします。
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- KTM公式サイト: https://www.ktmb.com.my
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KL Sentral駅から直通電車が少ないため、Sentul駅まで行き(KL Sentral駅からシャトルバスあり)、そこからKMT KomuterでBatu Caves駅まで行くという方法もあります。Sentul駅からの所要時間は約15分で、30~40分に1本のペースで運行しています。
バス
モノレールChowkit駅(KL Sental駅からモノレールで16分ほど)から「U6」のバスでバトゥケーヴスまで行くことができます。
チャイナタウン(KL Sentral駅からKelana Jaya Lineで2駅のPasar Seni駅で下車)のバスターミナルからも「#11」のバスでバトゥケーヴスへ行くことができます。
タイプーサム時は、車での来場禁止
通常バトゥケーヴスまでは電車のほか、バス、タクシー、車で行くことができます。しかし、タイプーサムの際は車での来場は禁止されているので、タクシーや自家用車は使わず、公共機関を使ってアクセスしてください。
タイプーサム体験記
2018年、私は実際にクアラルンプールでタイプーサムに参加しました。
前日、寺院にて行進の出発を見届ける
2018年1月29日、タイプーサム前日。夕方から信者はクアラルンプール中心部、チャイナタウンからほど近い「スリ・マハ・マリアマン寺院(Sri Maha Mariaman Hindu Temple)」に集まり、行進の際に使用する大型の神輿を飾りつけしたり、お祈りをして身を清めたりし始めます。
寺院の周りでは、水、ナシレマやミーフーンといったマレーシアのローカルフードが無料で振る舞われ、ヒンドゥー教徒ではない私にも快く分けていただきました。
信者たちは儀式が始まるのを寺院で待ち、私も彼らとともに座って待機していました。周りはほぼ信者でしたが、ちらほらジャーナリストや私のような異教徒の参加者もいました。途中、雨も降り出し、どうしようか迷いましたが、これから何が行われるのか見たい一心で待ち続けました。
雨も止み、午後8時過ぎくらいから、ヒンドゥー教の司祭らが中心となって儀式が始まりました。黄色い服をまとった信者たちが一層集まります。ヒンドゥー教徒にとって黄色は「純潔」「清廉」を意味し、マリーゴールドの花はお供えにも使用されています。
音楽が奏でられ、ムルガン神を讃える言葉が唱えられます。すごいエネルギーです。そこにいる私も思わず高揚してきます。
夜10時、いよいよ大神輿を先頭に、バトゥケーヴスまでの行進の出発です。ここから約4時間かけて歩いて行きます。男性だけでなく、女性や子供もいます。神輿を担ぐ人、女性ならヤギのミルクを入れた真鍮ポットを頭に乗せる人も多くいました。
私が寺院に滞在していた間、ここで体に鉄串や槍を刺す人は見かけませんでした。別の場所があるのか、もう少し深い時間に行われるのか、もしくはハードな苦行自体はバトゥケーヴスに近い場所から行うのかもしれません。
私はここで彼らを見送り、この日は興奮冷めやらぬまま帰宅。
当日、しょっぱなからハプニング
2018年1月30日。午前10時くらいには現地バトゥケーヴスに到着するつもりで家を出て、KL Sentral駅へ。
トイレに行きたいと思いつつ、そのままホームでいつ来るか分からない電車を待ち続けます。トイレへ行くか、我慢するか……。迷いながら20分ほど待ったところで電車がやってきました。
やっとKTMに乗ったものの、やっぱり無理!と隣の駅で下車……。この駅にはトイレがなく、改札を出て早歩きで10分ほどトイレを探し、やっとこさトイレを済ませました。
しょっぱなからトイレハプニング……。結局、始発駅であるKL Sentral駅まで徒歩で戻り、もう一度やり直すことにしました。
みなさん、KTMに乗る前にトイレを済ませましょう。バトゥケーヴスのトイレも期待できませんので。
ようやく到着、期待と不安が高まる
予定より1時間遅れ、11時頃、バトゥケーヴス到着。駅を降りた瞬間から、爆音が私たちを迎えます。駅を出た道端で、身を清めるべく、男性陣、子供たちがバリカンで坊主にしていました。
その光景を見た私は、「いよいよ来たんだ!」というワクワク半分、怖さ半分で、バトゥケーヴス入り口まで向かいます。
途中には、飲み物、フード、アクセサリー、お土産などの出店がたくさん出ています。お水を買って行きましょう。
巨大ムルガン神とご対面!周りにはトランス状態の信者たち
「おぉ!着いた!」巨大ムルガン神を前に、私も気合いが入ります。
周りには大きな木の祭壇カバディを背負う者、さらにそのカバディから伸びる装飾を体に突き刺している者、頬に槍を刺している者、背中にフックで大量の鈴や植物、フルーツを吊るしている者、ヤギのミルクを入れた真鍮ポットを担ぐ者、トランス状態で爆音に合わせて踊り狂う者……。
それぞれの方法で苦行に耐えながらここまでやって来た信者たちがいます。
実際に参加するまで、その苦行の痛々しさに自分がどう反応するのかが想像できず怖かったため、何年もタイプ―サムをスルーして来ました。しかし、彼らを目の前にして感じたことは恐怖でも嫌悪でもなく、私も真摯にこのお祭りに参加しなければ、ということでした。
気持ちを引き締め、私も信者たちとともに272段の階段を上って行きます。年間を通して27〜30℃のクアラルンプール。日差しも強く、汗が止まりません。その上、階段の幅はとても狭いため、踏み外さないよう気を遣わないといけません。
家族で乗り越える最後の苦行
周りを見ると30kgものカバディを背負った信者が、最後の力と気持ちを振り絞り階段を上っています。少しでもバランスを崩せば倒れるでしょう。集中力が必要となる最後の苦行です。踊り場にたどり着くたび、休憩を入れて、呼吸を整えています。
彼らの家族や友人は、椅子を差し出したり、彼らの足をマッサージしたり、汗を拭ったり、飲み物を飲ませたり、話しかけたりして、信者をサポートしています。
彼らは一人で上っているのではない、家族のために苦行に耐えていて、家族も彼らと一緒に苦行を乗り越えているんだ、と熱いものが込み上げます。
ゴール!
周りの信者にエネルギーをもらいながら、噴き出す汗を拭い続けなんとか頂上まで上りきると、そこは鍾乳洞。涼しい空気が流れ、神秘的な雰囲気に包まれます。信者にとってはここがゴールです。
ここには祈祷師がいて、信者が頬に刺していた鉄串や槍などを抜く儀式をしていました。祈祷師が信者に触れ、何かを語りかけながら、トランス状態を解いているようでした。それは、見てはいけないもののような、科学では解明できない「何か」であったような気がします。
不思議なことに、鉄串やフックが刺さっている箇所は出血していませんでした。牛の糞の灰を塗ることで消毒作用があるのだとか。
苦行を終えた信者たちは、家族や仲間と讃え合い、ほっとした様子で身支度を整えていました。
恐ろしいお祭りではなく、そこにあるのは「愛」
「こんな痛々しい苦行を行う意味が分からない」「見ていられない」「怖い」というイメージを持たれるタイプーサム。私も実際に参加するまでは、苦行を見ることに対して「恐ろしさ」と「気分が悪くなるんじゃないかという不安」がありました。
しかし、私が感じたものは真逆のものでした。この日のために心身の準備をし、家族の幸せのために、神への想いを苦行という方法で捧げる。そんな彼らの姿は、勇敢で美しいものでした。それは「愛」なのだと思いました。
参加して本当に良かったです。百聞は一見にしかず。おかげで、温かいものに満たされて帰宅しました。
タイプーサムに参加する際の注意点
皆さんにもぜひ一度は参加していただきたいのですが、トラブルのないよう、注意すべき点をシェアします。
- 「混雑・暑い・階段の幅は狭くて急」の3拍子です。とにかく動きやすい格好で。
- ヒンドゥー教徒にとっては神聖な場所です。過剰な露出は避けた格好で行きましょう。
- 暑さ対策を忘れずに。特にタオルや水は必需品です。
- 信者だけでなく、見物人も多いです。スリなどに遭わないためにも高価なものは持たず、現金も最低限で。
- 上述しましたが、車での来場は禁止です。公共機関を使って行きましょう。
- 電車は始発のKL Sentral駅からの乗車をおすすめします。混雑するので座れると楽です。
- 最も盛り上がるのは、タイプーサム当日(日が変わってすぐ)の夜中だそうです。私は昼間に行きましたが、最高の盛り上がりを見たい方は夜中が良いかもしれません。
- 彼らの苦行は痛々しいものです。そういうものが苦手な方に無理にすすめるつもりはありません。
- 子どもは連れていけるか?実際、子ども連れもいます。それぞれの家庭の選択だと思います。ただ、混雑しているので、怪我や迷子には気をつけてください。
- 行進の出発地、スリ・マハ・マリアマン寺院に前日に行く場合、靴を入れる袋を持って行った方が良いです。寺院内は靴では入れないので入り口で脱ぐことになりますが、すごい人数の靴がそこに脱ぎ捨てられていくので、紛失する可能性があります。
まとめ
奇祭と呼ばれる「タイプーサム」ですが、それは愛のお祭りでした。しかし、ただの冷やかしで参加するのは個人的に賛同しません。私たち非ヒンドゥー教徒も、彼らを敬い、気を引き締めて臨みたいものです。
このお祭りの本質は、参加しないと分からないと思います。参加した私も、もちろん全てを見られたわけではありません。全ての信者にストーリーがあり、私はその片鱗に触れただけです。それでも体験することで分かることがあります。ぜひ一度タイプーサムを体験してみてください。